公田連太郎『易経講話』抜粋 – 卦の見方「風地観」より

元来、この卦は地澤臨の卦を引っくりかえした形の卦であり、地澤臨の卦において申したように、臨の卦は旧暦の十二月(今の暦の一月)の卦であり、冬至の時(旧暦の十一月)に一番下に生じた一つの陽爻が、臨の卦に於いて二陽となり、それから陽爻がだんたんに伸びていき、勢力が盛んになっていく卦である。それが地澤臨の卦である。この風地観の卦は、地澤臨の卦を引っくり返した形の卦であり、これは旧暦の八月に当たるのである。初めに旧暦の五月中すなわち夏至の時、すなわち天風姤の卦において生じた一本の陰爻がだんだんに盛んになり、六月には二陰となり、すなわち天山遯の卦となり、七月には三陰となり、すなわち天地否の卦となり、八月に上に僅かに二本残っているだけであり、それもだんだんに衰えて、遠からずして消滅してしまおうとする状態になっており、まことに哀れなる卦である。人事に当てて言えば、姦佞邪智なる小人がだんだんに勢力を増して盛んになり、賢人君子はわずかばかり上に残っているという状態であり、世の中が衰えてしまおうとしている卦である。元来、この卦は陰爻が大そう盛んであり、陽爻は大いに衰えている卦である。小人が大いなる勢力を得ており、君子の勢力は全く衰えてしまっている卦である。陰陽の消長、または君子と小人との勢力の盛衰の方面から見ればそういう卦である。しかるに、この卦にかけてある言葉は、その方面から見ず、別の善い方面から見て、言葉が作られているのである。陰陽消長の理、君子小人の盛衰の理から見た言葉ではない。なるべくこの卦の善い方面から見て、賢人君子のために謀ろうとするのである。朱子も「此卦は四陰長じて二陽消す。正に八月の卦と為す。而るに卦に名づけ辞を繋くるには、更に他の義を取れり。亦、陽を扶け陰を抑ふるの意なり。」と、本義に註している。陽を扶け陰を抑へ、君子を助けて小人を抑えようとするのである。易は君子のために謀りて、小人のために謀らず、というのが易の立て前である。もし陰陽消長の方面、賢人と小人との勢力の盛衰の方面から、風地観の卦を見て、君子の衰えていること、小人の勢力の盛んなることを知ろうとするならば、それは、この卦の言葉を少しひねくれば、造作なく知り得られるのである。そのつもりで読めば、容易にわかることである。そういうわけで、今は悪い方面からの見方はこの位にしておいて、この経文に書いてある通り、陽を助け、君子のかたを持って、善い方面から見て、この卦のお話をする。悪い方面からの見方は、容易に知り得られるのである。

(中略)

すべて周易の言葉は、あらゆる方面からの見方が悉く載せられているのではなく、卦または爻の持っている意味の小部分が載せられてあるのであり、一つの見本に過ぎないのである。その外の意味は、銘々に工夫すべきである。それは、この卦に限らず、すべての卦が皆同じいのである。いわゆる書は言を尽くさず、言は意を尽くさずである。やむを得ない事である。銘々にこれを応用して一工夫すべきである。卦の象を観て工夫をすれば、経文に書かれていない色々な意味が現れてくるであろう。

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